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継ぐということ

先日行った日本民家園で、堂宮木彫彫刻という彫刻をしている井上木彫所の方がデモンストレーションしていらしていて、お話をすることができました。

堂宮木彫彫刻って、なんだかわかります?

お寺・神社などの建築彫刻や日本間の欄間などの彫り物のことを言うそうです。



私もそう呼ぶことは知らなくて。

でも興味はある。

なんせ寺・仏像好きですから。

柴又帝釈天の彫り物なんて惚れ惚れしちゃう。



「私、好きなんですよねー。一度やってみたい…。」

そっとつぶやいたつもりが思わぬ食いつきにとまどい。

「ぜひ、やってくださいよ!通信教育もあるんで!!」

へっ?!つ、通信教育ですか…。



お話を聞けばこの堂宮木彫彫刻。

もう日本に後継者が数十人しかいないそう。

日本独自の技術なのに。

このまま後継者がいなくなれば、京都のお寺や神社、日光の東照宮、世界遺産なんていわれていても時がたてば建替えも、修復もできなくなるそう。



私にとっては恐ろしく、悲しい事実。



じゃ、後継者育てる努力は?

私みたいに興味のある若者はきっといるはず…なんて。

言っては見たものの、そこにはもっと悲しい現実を突きつけられる。



「後継者を育てたくても、その後継者が食べていけない。

 それでは育てるのは可哀想でしょう。

 それがいま、この国の現実なんですよ。」



要は、食べていけるだけの仕事がない、のです。

これだけの独自の技術をこの国は持っていて。

でも、それは、時代にそぐわない、と見向きもしなくなって。

結果。

消えていきそうになっている。

悲しい現実。

国家は、これをなんとも思わないのかしら。

保護すべき、育てるべきはこういう技術者たちなのではないのかしら。



思わず、「私、勉強します!!」なんて軽々しく口をつきそうになって、ぐっと飲み込む。

自意識過剰な私は、すぐ、自分がやらなければ、と思ってしまうけれど。

私には、興味はあっても、覚悟、はないのです。

そんな私が言っていい言葉ではない。



だれか、なんて他力本願。

でも、どうか。

無くならないで欲しい。

幾年もの時を越えて継承されてきた想いを途切れさせたくないのです。



もっと、早く私が出会っていたら?

未だ、後ろ髪惹かれる思い。

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